山梨県に位置する生物多様性センター。この施設は生物多様性の保全を積極的に推進し、世界の生物多様性の保全に貢献するための中核的拠点として平成10年に設立された。「調査」「資料収集」「情報提供」「国際協力」の4つの柱をもとに業務が行なわれ、常設展示室や図書閲覧室を一般公開している。
今回はセンターでの取り組みをうかがうため訪問することに。
東京から山梨に向かう途中、茶色く色落ちした山景色の間から徐々に大きくなっていく富士山に圧倒される。到着後、車外に出るとこの地域では珍しく雲一つない紺碧の空が広がっていた。
東京よりはるかに気温が低いにも関わらず、空気が澄んでいるせいか、とても気持ちが良い。センターの方々の他にも、近くの河口湖フィールドセンター(NPO法人)の方にも同行して頂き、館内を案内してもらった。
建物の中に入って真っ先に目に飛び込んできたのが生物多様性の歩みを施した大型のガラスのレリーフ。生物の40億年の進化の繋がり、絶滅してしまった動植物から現存する動植物の繋がりを表しているという。
<生物多様性の歩みを施した大型のガラスのレリーフ>
展示室
誰でも分かりやすく生物多様性を学べることを目的に作られている場所が展示室。オオコノハズクの「ズックくん」と呼ばれるマスコットキャラクターが音声で案内してくれる。
壁一面には様々な仕掛けがあり、楽しみながら生物多様性が学べるように随所に工夫が、なされている。壁に森が描かれたイラストの中にある、扉を開けてみると、リアルなツキノワグマの模型が現れたり。
本物そっくりなその作りと大きさにMISIAも扉を開けて思わず「あー!!びっくりしたー!」と驚いていた。
<展示室の仕掛け扉、楽しみながら学ぶ工夫>
中でもMISIAが興味を持ったのは、ライチョウの生態系。
「ライチョウ自体は非常に少なくなっています。温暖化の影響で生息のエリアがせばまっていると言われています」
現在は絶滅危惧種ではなくても、今後の環境破壊の進行によっては、生態系が崩れ、動植物が失われる可能性があるのだ。
<先人のコトバからも学ぶ>
その他にも、生物多様性に関連して手塚治虫さんをはじめとする著名人の発言も紹介されていた。豊かな自然について多くの方々が発言をしているということは、裏を返すとそれだけ日本が生物多様性が豊かである証しでもある。
<わかりやすく学ぶ工夫>
海流も寒流と暖流がちょうどぶつかるあたりであることもあり、日本から東南アジアにかけて生物の種類は非常に豊富だ。また、展示室の中にあるシアターでは、映像を見ることも可能だ。訪れたときは、2011年に制作された、MISIAが歌う「故郷(ふるさと)」の楽曲を使用した生物多様性の普及啓発映像も流れていた。
「生物多様性」は私たちにとって、わかりにくい、硬い言葉だ。展示室ではいかに身近に生物多様性を体感してもらうかという工夫がなされていた。足の裏の写真を使って、「自分の足の裏にどれだけの種類の生物がいるか」などの紹介には、思わずMISIAも「足の裏って、身近ですね(笑)」。
<壁には日本列島の生物多様性のつながりを表現した巨大イラスト>
「春の小川」でおなじみのメダカは、関東では、減少傾向にある。フィッシング人気の高まりに伴い、ブラックバスが各地に放流されたことで、メダカなど小さい魚がエサとして食べられてしまう。
逆に、増えて問題となっている生きものに、カミツキガメがいる。
「もともとは縁日とかで売られていた小さなカメだったんですけど、どんどん大きくなって耐えられなくなってしまって捨てちゃうんでしょうね」と案内してくれた方が話す。
「全ての情報を連続してモニタリングし、どのように変わっているのかを常に知っておくことが私たちセンターの重要な仕事でもあるんです。」
<つながりの木に掲げられた「私の生物多様性宣言」>
展示ロビー
「つながりの木」と呼ばれる展示物には「私の生物多様性宣言」を書いてもらい、ディスプレイされていた。この「生物多様性宣言」は、『星空のライヴVI 2010 International Year Of Biodiversity』や『SATOYAMA BASKET』でも2010年度に実施した『かざぐるまキャンペーン』とおなじみの試みだ。
「地球というお家、みんなのお家」とってもシンプルで、ストレートで、なんだかほっこりできる「宣言」もあった。
<標本を観察するMISIA>
「わっ!」引き出しをあけてびっくり。とてもリアルな標本が。ハクビシンなど珍しい動物やタヌキなど身近な動物の標本に触ることもできる。
「玄人っぽいものも入っているんですね(笑)」とMISIAも興味深そうに触っていた。
レンジャーから話を聞く
続いて、富士五湖の管理をしているレンジャー(自然保護官)の岡島さんのもとへ伺った。
富士山は、富士箱根伊豆国立公園に指定されており、公園管理目的でセンター内にレンジャー事務所が設置されている。事務所に寄せられる相談は、年間約100件近く。その多くは、「道路を作りたい」、「建物を作りたい」、「調査を行いたい」等様々。事務所ではそれぞれの相談に対し、景観を損なわないか、自然を破壊することはないか等いくつかの基準を用いて慎重に判断する。
<富士山は生物多様性の宝庫>
レンジャー事務所は、全国にある29の国立公園全てに設置されている。
MISIAが幼少期を過ごした対馬も西海国立公園がカバーする地域に含まれる。地域ごとにそれぞれ異なる相談や案件があるため、国立公園レンジャーは、開発の最前線にいると言える。そのため、単に環境保全活動に従事するだけではなく、地域住民と企業等の間に入って、お互いにとって良い形をとれるようにバランスをとる仕事も彼らの役割の一つだ。最前線にいるレンジャーたちが、地域から信頼されていると、もめ事を回避できる。その結果、環境保護や生物多様性の保全が可能になるのだ。
標本庫へ
今回のクライマックスはMISIAも楽しみにしていた標本庫だ。年に1回の「生物多様性まつり」以外には一般には公開されていない標本庫だが、今回は特別に中へ入ることを許可していただいた。
標本庫に入る前に、まずは履物を履き替える。害虫などの侵入を防ぐ為だ。また、標本庫へ続く入り口には、うっかり入ってしまった害虫をとらえる為のごきぶりホイホイのようなネバネバのトラップシールが何十枚もおかれている。人間でさえ注意をしていてもついつい、この罠にひっかかりそうになる。そして、そのトラップをくぐり抜け、いざ標本庫へ。
<標本庫に興味津々のMISIA>
少しひんやりとした空気と、独特のにおいが鼻をつく。医療用の頑丈なマスクをしたMISIAが中へ進むと、棚にはぎっしりと標本が置かれている。そのさらに奥にある、動植物の標本庫には1メートル近くあるタカやワシ、ツル、それから絶滅危惧種であるイリオモテヤマネコやツシマヤマネコの標本も。
既に絶滅してしまったトキの標本もあり(今、繁殖を試みられているトキは、中国から贈られたもの)、こんなに美しい鳥がいなくなってしまったことにとても胸が痛んだ。
<クワガタの標本>
標本箱に収められた昆虫も見せていただいた。写真はクワガタ。一見同じに見えるのだが、よく見ると体長や刃の形が違っており、全て種類が違うクワガタなのだ。どの地域で見られるかによっても種類が異なっている。これら標本にされている動植物の多くは、車に轢かれて死んでしまったものや、窓ガラスにぶつかってしまった鳥たちだ。そのため、標本によっては完全な体ではないものもいくつかあった。
また、ここ標本庫に収められている動植物の全体の4割が絶滅危惧種だということも、心に留めておくべき事の一つだ。絶滅危惧種を守っていくことと同時に、これ以上絶滅危惧種を増やさない意味でも問題視されていることの
ひとつに、愛好家による密猟などが挙げられる。ひとつの生きものに愛情を注ぐこと、それと同時に個人的な嗜好ではなく、その生きものが野生環境で少しでも生きられることを尊重すること、生きものに対する幅広い理解が求められている。
<アジアにおける生物多様性の状況を学ぶ>
数字から見る生物多様性
数字から見る生物多様性この生物多様性センターは展示や標本だけではなく、データを集約し、世界各地の生物多様性に関する施設と、ネットワークを構築し、情報共有を図る役割を持っている。東南アジア地域では、この生物多様性センターが最も多くのデータを有しており、生物多様性のデータ構築の中心的役割を果たしている。
<展示室にあるジオフィックデータベース>
そんな動植物を私たち人間の手で絶滅の危機に追いやっていることも事実だ。
生物多様性の中に生きている私たち自身がそれをしっかりと理解し、行動に移すことで今後の生活や生態系、また次の世代への生活へと直接関わってくる。富士山の風光明媚な景色を楽しむ場としてだけではなく、実際に目で見て学べる場所として、ぜひ大勢の方に訪れてほしいと感じた。
視察を終えて(MISIAコメント)
今回私が視察をさせていただいて、特に関心をもったものが「標本庫」でした。ここには日本中の動植物の標本が集められています。
実際に間近でトキの標本を見せて頂いたとき、とても悲しい感情が沸き上がりました。こんなに美しい鳥が、一度日本から姿を決してしまったなんて。間近で見ると非常に力強い生命力を感じるのに、この生き物達は絶滅の危機にある。どれだけのことが今起こっているのか、実感させられます。
<ワシの標本>
また、生物多様性と聞いても、その多様性を実感出来る機会はあまりないと思うのですが、日本に生息しているクワガタ一つを見ても、本当にびっくりするぐらいの多様性があり、その多様性を失ってしまったとき、どうすれば良いのかと途方にくれるほどでした。
実際に自分が住んでいた地域に生息している昆虫や鳥たちも、その地域の固有種であったことなど、改めて学ぶ事も多かったです。外で実際に昆虫を捕まえたり、間近で渡り鳥を見たり、その地域にもともと生息していた植物が季節によって変わる姿など、あまり見る機会が少なくなっている現代、生物多様性を多くの方が実感すること自体が、非常に難しくなっているのだと、自分自身の生物多様性への実感度を今回知ったことによって、よく分かりました。
今、日本中で生物多様性を守る為に、また生物多様性をもっと豊かにしていくために取り組んでいらっしゃる方々が沢山います。
<対馬で採取された台湾モンシロチョウの標本>
センターでも、日々活動を続けていらっしゃる方々にお会い出来、とても感動しました。
そんな方たちの想いが、活動が、きっと良い方向に繋がっていきますよう、私も生物多様性の重要性を伝えていきたいと思いました。
センターはとても素敵な場所にあります。是非、富士山を観に行かれた時など足を運ばれてみてはいかがでしょうか?
特に私は、標本庫が一般公開される「生物多様性まつり」に是非行かれてみて欲しいです。日本という国の、自分が今居る地域の生き物たちの息づかいを今まで以上に感じられるのではないでしょうか。
また隣接している河口湖フィールドセンターでは、ガイドの方が付いて富士山の自然の豊かさをガイドしてもらえるコースもあるようです。これからの季節、とても気持ちが良いかもしれません。
環境省自然環境局生物多様性センター
〒403-0005 山梨県富士吉田市上吉田剣丸尾5597-1