黒姫での森の体験
アファンの森で学んだ事

音楽は森から生まれた

cmenu-33-p01.jpg アファンの森。
様々な植生があることで、光が地面まで届いている。

2010年は全国的に真夏日が続いたが、ここ、長野県黒姫高原にあるアファンの森は、ひんやりとしている。「昨日までは30度を超えて暑かったんですよ」と話すスタッフの方のセリフに、思わずため息が出た。

ここアファンの森は、作家であり、環境保護活動や探検家として世界中を回ってきたC.W.ニコル氏が立ち上げた財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団によって運営されている。かつてアファンの森がある場所は、長野県黒姫にあった国有林が、戦後農地として開墾されたのちに30年以上放棄され、手入れがされていないために荒れ放題だった。アファンの森は、ニコル氏が黒姫の森を再生するために、土地を少しずつ買い取り、整備を始めたことに端を発する。

アファンの森を歩く。  cmenu-33-p02.jpg

私たちはふだん森、というとうっそうと木が生い茂り、人が踏み込めないような場所を想像しがちだ。

だが、アファンの森は、人の手が入る重要性を指摘している。手入れをしないために、針葉樹だけの植林になってしまった地では、一年中薄暗いために、地面に新しい芽が生えてくることが困難である。また、びっしりはびこった下草や伸び放題のツル植物は土の栄養分を取ってしまうために、森全体のバランスも失ってしまう。

針葉樹林しかない森は日本には非常に多い。国土の約7割が森林におおわれる日本だが、そのうちの4割が人工林であり、大半が針葉樹だ。針葉樹は太陽の光を通さないので、多様な植生を生み出すことを困難にし、結果として森の荒廃を招いた。

ニコル氏が日本に来たのは20代の時。故郷のウェールズは環境破壊が深刻だった。日本に来たとき、その自然の美しさに心打たれた。30代になって再び日本を訪問、40代には日本で生活を始めた。しかし日本でも、戦後の飛躍的な経済成長の結果、各地で環境破壊と公害が深刻だった。そんな日本の現状に胸を痛め、日本での森林保全に取り組んだ。

アファンの森では荒れ放題だった森の間伐を行った。一本一本に養分が行き渡り、充分な陽の光が当たるようにするためだ。太陽の光を浴びることで、丈夫な木が育つ。また、鳥が巣を作る茂みだけを残して、地面を覆う下草を払った。風通しを良くし、地面まで日光が届くようにすることで、さまざまな花や若木が育ってくれる。木々に絡みついて枯らしてしまうツル植物は丹念に切り払った。ただし、ヤマブドウやアケビ、サルナシなど、クマや鳥たちの好きな実がなるものは残した。

cmenu-33-p03.jpg 池には、オタマジャクシが大量に泳いでいた。

それだけではない。もともとアファンの森には湿地が広がっていた。この湿地は昔の開墾の影響で水の流れがないため、木が呼吸できず、「根上がり」と呼ばれる状態になってしまっていた。水が流れないことで、木が腐ってしまう可能性もある。そこで池を作り、水路を切り開くことで、水の循環を可能にした。その結果カエルやイモリ、水生昆虫、それにサギやカモたちのための環境も整えた。水路には、2000年ほど前のものと考えられるスイレンの花がきれいに咲いていた。 また、巣を作る鳥たちのために、その代わりとなる巣箱を設置し、シジュウカラやフクロウなどが生活できる場所も整えた。

現在、アファンの森には薬になる木が196種、山菜が7種類、キノコは400種類以上絶滅危惧種が26種存在している。トンボの子どもであるヤゴは実に28種類。鳥も70種類以上いる。道の脇には、イノシシが通った跡もあった。川にはサンショウウオもいる。昆虫は確認しているだけで700種類以上になる。動物はクマ、イノシシ、シカ、タヌキ、キツネ、ハクビシン、アナグマ、ウサギ、イタチ、テン、リス、たまにカモシカも姿を現す。糸だろうか?なんだろうと目を凝らすと、イトトンボもいた。

森の奥にはもっとたくさんの生きものが暮らしている、とニコル氏は話す。「健康な森は、低い木や大きな木があり、まだらに太陽の光が差し込んできているんです」。

「ぼくは文化の始まりは森だと思う。人間のDNAの半分は海から、残り半分は森から生まれた。森の中にはいろいろな音がある。鳥、昆虫、動物、カエル、風の音、川の流れ、たくさんの音が混ざり合っている。そんな音の中から人間の音楽は生まれたんじゃないか。」

視察中に見つけたアマガエル。小さい!  cmenu-33-p04.jpg

「森の中で、人間の声で呼びかけると、森は必ず応えてくれる。日本には美しい森があり、いろいろな生き物がいる。美しい森にはいろいろな音があり、そして文化があるんです。」

7月の季節は蝉が力強く鳴いている。そしてカエルや鳥の声も聞こえてくる。耳を澄ませば、川の流れの音、風が梢を揺らす音。自然の音が、ハーモニーを生み出している。

そしてまた、その音があふれていることこそが、アファンの森の豊かな生物多様性を意味しているのかもしれない。

生物多様性とは幸せと意味している

cmenu-33-p05.jpg 光ができたことで、花が咲き、そこに虫が来る。
空間があることで、風が生まれる。
生物多様性に満ち溢れている。

「生物多様性はDiversity of Life。可能性を意味していると思います。そして可能性は幸せを意味します。幸せは生きる可能性、楽しくなる可能性でもあります」

生物多様性を幸せと読み替えるニコル氏。実際、アファンの森を歩くと、その可能性、広がりに気づかされる。ニコル氏に教えられて下を見ると、クローバーがたくさん生えていた。「このクローバーはぼくたちが植えました。クローバーの根がつくことで、窒素ができて、土の栄養になるからね。いずれクローバーは、他の植物が生えだすと役目を終えてなくなります」。窒素ができることで土の中でバクテリアや菌類、昆虫の活動も活発になり、結果として豊かな土壌づくりが期待される。

オオウバユリ。
その根元にはオニグルミなども落ちている。
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少し広がったところに緑の実がいくつか落ちていた。オニグルミ、というのだそうだ。「となりにある穴の空いているのもオニグルミ。これはネズミがかじったんだよ」もともとオニグルミは毒があるため、オニグルミが生えている地域では、その他の草木が枯れてしまう。ネズミはこのオニグルミの実をまず地面に埋めて腐らせる。十分に時間をおいてから掘り起こし、腐った毒のある部分をこそげおとして、食べるのだそうだ。

オニグルミが点々と落ちているところはひらけた場所となっていた。原生林だったところが大木が倒れて、オオウバユリや自生のギョウシャニンニクなどが生えている。ところどころに日の光がさしこんでいた。

昔の知恵を継承する

cmenu-33-p07.jpg アファンの森入り口にある炭焼き小屋。

アファンの森にはコナラの木が多く見らえる。コナラの木は里山の代表的な木だ。昔は炭の材料として使われてきた。30-40年ほどたった木を伐り、炭にする。伐採した場所には再びコナラの木を植え、時間をかけて育てていく。先人の知恵だ。

黒姫はかつて炭焼きが盛んな地でもあった。しかし現在、燃料が炭からガス、電気、石油へと変化する中で、炭の需要は激減している。アファンの森には、ニコル氏が復活させた炭焼き小屋が残されている。小屋の屋根には様々な植物がいつの間にか生えており、ちょっとした箱庭のような風景だ。

アファンの森を手伝うスタッフの中に70代の男性がいる。森のことなら何でも知っているのだそうだ。「落ちている枝を見ただけで、何の木かはもちろん、いつ頃その枝がどういう原因で落ちたか分かるんですよ」とスタッフが笑いながら教えてくれた。

日本は経済成長の一方で、自然とともに暮らすというライフスタイルを置き去りにしてきていた。今、エコへの関心が高まる中で、自然への配慮の重要性が、改めて見直されつつある。

昔の人の知恵を継承し、次の世代に伝えていくには、まだまだ時間も労力もかかる。しかし、アファンの森の試みは、初めてから20年たって、今の規模に到達した。

森から人が文化や音楽を作り出し、継承してきたのであればこそ、その伝来の知恵や文化を語り継ぐために、私たちがすべきこと、できることはあるのではないか、森の「音」に誘われながら、そのように感じた。