世界自然遺産の島
屋久島を訪ねて

神秘の森 屋久島

雨の多い気候にはぐくまれた特徴的な自然物が多くの人を魅了する屋久島。日本の植物種の4分の1 にもあたる約1900種もの植物種がひしめきあい、また固有種(世界で屋久島にだけ生息する種)が約94種類生育 している。1993年には世界自然遺産に登録された。

そして、屋久島の自然を語るうえでかかせない存在、屋久杉。

今回、屋久島を訪れたMISIAがまずむかったのは屋久杉専門の博物館「屋久杉自然館」。屋久杉について話を伺った。屋久杉とは屋久島に生育する 樹齢1000年以上の杉を指し、中でもよく知られている紀元杉は、一本の杉の中に19種類もの植物が着生しており、まるで一本の木の中にひとつの森ができているように見える。紀元杉についた苔の中に他の植物の種子がつき、 樹上で成長するため、このような形になったという。太古から続くこの森には生物多様性が保全できるシステムが自然と根付いているのだと、改めて感心させられた。

cmenu-31-p01.jpg 紀元杉の生態系を聞いて、
思わず「まさに生物多様性!?」とMISIA

日本の縮図

屋久島が世界遺産として登録された大きな理由の一つが、「植生の垂直分布」。屋久島では、海岸線から山頂までの間に、亜熱帯から冷温帯までの植生が切れ間なく分布している。日本の南から北までの生物多様性を見ることができるため、「日本の縮図」とも例えられる。

(「気根」と呼ばれる、空中に垂れ下がるような特徴的な根をもつガジュマル。他の木に種子をつけた後、気根を地面に垂らし、次第に着生した木全体を囲んでいく)

屋久島がかかえる生物多様性の危機とは?

世界で屋久島と種子島にのみ分布する「ヤクタネゴヨウ」の見られるスポットを訪れた。ヤクタネゴヨウは氷河時代に大陸から渡ってきたと考えられている種で、絶滅危惧ⅠB種に指定されている。このまま保全を進めなければ絶滅は確実と言われており、絶滅を防ぐための施策として、まずは現状把握のための調査を進めている。

絶滅が危惧されている原因としては、マツノマダラカミキリとマツノザイセンチュウによるマツ枯れ病の流行と、大陸から汚染物質が風にのって流れてくる越境大気汚染などがあげられる。越境大気汚染では、汚染物質が葉につくことによって冬場の光合成がうまくいかなくなり、木に養分が足りなくなってしまう。

双眼鏡でヤクタネゴヨウを観察する cmenu-31-p02.jpg

「ヤクタネゴヨウ調査隊」隊長の手塚さんによると、ヤクタネゴヨウが減少を続けている理由のひとつは、遺伝的な多様性が失われてしまっていることだという。現在ヤクタネゴヨウは個体数が減っており、それぞれが離れた場所にばらばらに生育しているため、受粉の際、同じ木の花粉でしか受粉ができない。すると同じ遺伝子同士の交配になるため、そこからできる種子や次世代の個体は遺伝的に多様性が低くなる。このような状況では、個体が特定の病気や天敵などに弱くなり、種が存続できない可能性が高まってしまうのだという。

cmenu-31-p03.jpg 「ヤクタネゴヨウ調査隊」隊長の手塚賢至さん。
ヤクタネゴヨウの保全のための第一歩として、
屋久島に生息するヤクタネゴヨウの正確な位置、
直径、樹高、健康状態についての調査を行っている。

また、ヤクシカとヤクザルの急増も、生物多様性への影響が懸念される。手塚さんによると、増えすぎたヤクシカが森の下草を食べつくしてしまうため、もともと生育していた植物種が失われていっているという。さらに、ヤクシカが樹木の再生に必要な「ひこばえ」と呼ばれる新たな芽を食べてしまうので、枯れはじめたり、病気になった樹木が再生できず、いずれ森そのものが存続できなくなってしまう危険性もあるそうだ。

そもそもヤクシカが増えた原因のひとつは、ヤクシカが減りはじめた時に、人間がヤクシカ保護の規制を極端に強化し、捕獲を全面的に禁止したことにあるのだとか。

現在では、ヤクシカが入らないように防護網を張り、ヤクシカがいない状況でどのように植生が回復していくかを数値的に計量する取り組みを行っている。これは、希少種であるヤクシマランやツルランなどの再生にもつながっていくのだという。月に2回の網のメンテナンスと年に2回の植生調査を、地域のボランティアと専門家の協力で実施している。

このヤクシカ増加による被害の教訓を生かし、生物多様性の保全に人間が関わる時には、他の生態系とのバランスをどう取るか、どこまでのレベルで介入すべきかを考えていかなくては、と手塚さんは語ってくれた。

用心深く見守るヤクシカ。
森にはいると必ずと言っていいほど見かける
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豊かな海に生きる

また、海に囲まれた屋久島の海岸はサンゴ礁、岩礁、砂浜と変化に富んでいる。そのひとつである春田浜は、波も少なく一見静かな浜に見えるが、実は海中にはサンゴが広がり、熱帯魚やヤドカリなどの水辺の生き物たち、海浜部には絶滅危惧種にも指定されているリュウキュウコケリンドウなど、さまざまな動植物種が生息・生育している。その世界的にも貴重な浜で、水辺の生き物とじっと向き合う静かな時間を楽しんだ。

世界的にも貴重な浜で水辺の生き物と向き合う、MISIA cmenu-31-p05.jpg

夜、永田浜にてアカウミガメの産卵をする観察ツアーに参加。永田浜は、北太平洋最大のアカウミガメの産卵場所となっており、年間約1000-1500頭が産卵する。永田浜は浜辺の砂粒が粗く、穴が掘りやすいこと、地元の人たちの清掃活動によってきれいな海岸が保全されていることで、アカウミガメが産卵しやすい環境が整っている。2005年にはラムサール条約にも登録されている。

しかし、近年は産卵を見学する観光客が増えすぎたため、観光客の懐中電灯の光や話し声にアカウミガメが怯えてしまい、産卵ができなくなることも。このため地元の方々がウミガメに配慮した観察ができるよう観察会を開いている。昨年には行政や地元保護団体も一緒になって、見学者数の上限や観察するときのマナーをとりまとめた「永田浜ウミガメ観察ルール」が策定されている。

一度の出産につき100個もの卵を産卵するというアカウミガメ。深く大きく呼吸しながら出産する姿からは、懸命さがひしひしと伝わってくる。この命の繋がりを守るため、生物資源の保全と、観光資源としての活用をどう両立していくか、今後考えていかなければならない課題だと地元の方々は語ってくれた。

私たちが出会ったアカウミガメの甲羅には、カメフジツボと呼ばれるフジツボがついていた。地元の人の話によると、このように甲羅にフジツボのついているアカウミガメは最近珍しいのだという。その理由として考えられるのは、プランクトンや微生物が海から減っていること。最近では海枯れという、海の生き物や海藻などが減っている現象も見られているそうだ。

cmenu-31-p06.jpg カメフジツボをつけたウミガメの写真
※ウミガメに配慮し、フラッシュを使わない
高感度撮影で撮っています。

屋久島の森を歩くと、昔の人が切り倒した、古い切り株に出会うことがよくある。実は屋久島は、人の手が入った自然が世界自然遺産として登録されているという、世界でも珍しいケース。人が自然に負担をかけすぎずに、自然資源を利用していくにはどうすればいいのか、生物多様性が脅かされたときに、どのようにバランスをとり、介入していけばいいのかを考えるうえで、古くから自然を尊重し、愛してきた屋久島の人々の取り組みは、今後の私たちに大切なヒントを与えてくれる。

神々しい雰囲気ただよう屋久島の山々 cmenu-31-p07.jpg